(2)社会貢献を推進する組織形態

企業が社会貢献を推進する組織形態としては、企業財団を設立する方法と企業本体で取り組む方法との二つがある。

 

〈企業財団〉
企業財団とは、企業または企業の個人所有者(親族を含む)が独自にあるいは協同で資金を提供して設立・運営する財団法人のことである。つまり、企業財団は企業がオーナーであり、財政はもちろん人的にも企業がコントロールする。財団法人を企業が持つということは、財団法人という明確な、、ツションを持つ非営利法人を通じて永続的な社会貢献活動を行うという企業意志の表明であり、それを持続させていることの証でもある。財団を設立するためには、まず何よりもそのような意志が前提となる。また財団を設立するために基本財産となる資金の提供が必要で、そのような一定の基金の拠出(最低二億円とか三億円とか言われる)とその後の運営費を継続して支出出来るだけの財力がなければならない。こうした公益法人に対する企業寄付を促進するために寄付の優遇制度が作られている(全ての公益法人に対する寄付は所得控除が認められるほか、特定の公益法人〈特定公益増進法人〉には拡大所得控除も与えられる)。公益法人として企業財団が誕生するためには、民法に規定されているように主務官庁の許可がいる。許可というのは、主務官庁が裁量権を握っているという意味で申請法人の自由な市民権は担保されていない。公益法人には財団法人と社団法人とがあるが、社団と異なり財団は設立に当って相当高額の基金を積まなければならないので、多くの法的拘束とより厳格な行政による審査を受けることになりがちであるといわれる。しかし、これまでのところそのことがかえって「お上のお墨付き」を得た証明として財団を持つ企業に箔をつけることにもなっていた面も否定できない。
企業財団は、その事業内容から国際交流事業や芸術文化活動なとの事業を自ら行う事業財団と個人伽または団体に対して研究・事業助成や奨学金などの給付を行う助成財団の二つに分類される。「日本はの企業財団官」(公益法人編)によれば、助成事業を行っている企業財団(助成・事業ともに行うもの甜を含む)は全体の約八五%とその圧倒的部分を占める。助成事業の内容は、<1>研究助成、<2>事業助成、<3>奨学金、<4>表彰、よりなり、中でも研究助成は全体の四割強に達する。
助成事業がどのような分野を対象にしているかを見ると、理学・農学・工学・医学・薬学の自然科学分野が約四割を占め、ついで文化・芸術・教育・青少年育成が二割、さらに人文・社会科学、社会福祉、国際貢献と続いている。自然科学分野が大きな割合を占めているのは、科学技術の開発によって国富を実現しようとした戦前からの殖産興業政策および産業立国・技術立国によって国の再建を目指した戦後の国家的戦略への産業界の貢献姿勢と利害の一致が反映されているためであろう。
興味深いのは、企業財団の設立の経緯を見ると企業設立の周年事業として財団が創設される事例が一番多いということである(「日本の企業財団官」)。つまり、企業は社会に対する恩返しとして財団を創設するというのがその根底にある最大の動機なのである。戦前、大正から昭和にかけて設立された助成財団のいくつかの名称が「OO報恩会」であったのは、ゆえなきことではないといえよう。我が国における企業の社会貢献の文化的ルーツは思に報いるという価値観の中に存在することがこうしたことからも例証される。さらに言えば、おそらく西欧のノブリス・オブリジェとの違いもそこにあると考えられる。西欧では、高い身分の者は、その身分ゆえに下々の者、貧しい者、障害者などに対する道徳的義務があるとされるが、我が国では、身分や力は相対化される。そこには相互に助け合う(思義を分かち合う)関係が前提とされるのである。企業財団設立の動機を企業創設の三O周年や五O周年という外形的で収数力のある歴史的事実に求めるのは、企業経営における戦術の常套手段として有効なものであるが、もっと内面を重視した設立のあり方として理想的なのは、企業が社会貢献を推進する主体性の確立と活動の高まりの発展の中でその高次の推進体制として財団を創設するということである。
こうした一つの典型として損保ジャパン(旧安田火災海上保険)を挙げることが出来る。

 

〈損保ジャパンの財団活動〉
損保ジャパンの社会貢献は現在主に三つの財団を通じて推進されている。メセナ活動を行う「財団法人損保ジャパン美術財団」(一九七六年設立)、社会福祉の増進、社会保険や損害保険の学術研究を行う「撞保ジャパン記念財団」(一九七七年設立)、そしてNPOによる環境保全活動や学術研究の助成を行う「損保ジャパン環境財団」(一九九九年設立)である。旧安田火災海上の社会貢献の歴史を振り返ると、伝統的に美術との関係が深かったことを指摘することが出来る。たとえば昭和初期の問芸家・北大路魯山人や画家の東郷育児などとも接点があってこれらの芸術家の作品を所蔵していたようだ。したがって、旧安田火災の社会貢献のル1ツは美術を中心とした文化事業であったと見ていいだろう。損保ジャパン美術財団の中に設立された東郷青児記念美術館内に現在展示されているゴッホのひまわりを同社が購入したときは社会的な論議を引き起こしたが、批判も恐れず世界的な泰西名画を買いとったという行為の背景には、そのような会社の文化的伝統があったことを忘れてはならないだろう。
ここでは、具体的には「損保ジャパン環境財団」を見てみたい。
旧安田火災が環境問題に本格的に取り組み始めたのは、その基本理念と行動指針を盛り込んだ「安耕田火災地球環境憲章」を発表した一九九八年である。その推進目標として、「環境負荷の低減」、「商栓品・サービスの提供」、「社会貢献」の三つの柱を打ち出した。そして、同社は笠宮中心の一つに環蜘境問題をすえて推進するために社長を委員長とする環境問題対応委員会を-設置した。しかし、実際は、それぞれの柱について、同社は一九九O年から地道な活動を積み上げてきたのであった。一九九八年一の憲章は、言わばそれらの成果を練り上げて綜合化したものに過ぎないともいえる。その具体例をトレースすると次の通りである。

「環境負荷の低減」について
-職員全員が参加する環境負荷運動を開始したのは一九九O年であった0一九九四年に環境マネジメントシステムを導入している。
-こうした成果の上にたって損保業界初のISO一四OO一認証取得を一九九七年に実現0
・翌年には「環境レポート一九九八」を刊行した。
「商品・サービスの提供」について
-環境汚染賠償責任保険の発売(一九九二年)。
-同社が発行するクレジットカードを顧客が利用するときにその利用額の一部(0・00五%)を環境改善に取り組む団体に寄付する環境保護協賛カードの発行(一九九四年)。
-グループ企業を通じたリスクマネジメント・コンサルティングサービスの提供
ISO認証取得コンサルティングサービスの提供。
「社会貢献」について
-「市民のための環境公開講座」を一九九三年から開催
・「ちきゅうクラブ」の取り組み(一九九三年)。
メンバーである従業員の自由意志に基づき毎月の給与から一口一OO円以上の寄付を集め、メンバーが行うボランティア活動ゃ、NPOへの寄付などに使っている。

こうした総合力を発揮した粘り強い環境改善の努力の成果の上にたって、現在の「損保ジャパン環境財団」が一九九九年に設立されている。同財団は、大学生・大学院生を環境NPOに約七ヵ月間派遣し、彼等に一時間あたり一000円を奨学金として支給する損保ジャパンCSO(注1)ラーニング制度や環境保全プロジェクトへの助成などを実施している。

 

〈企業本体による推進〉
企業の社会貢献活動が取り組みの姿勢に関してもまたその内容についても、急速に理想とする内容を確立してきたのは八0年代末から九0年代に入ってからであることは前述した。今でこそ「社会貢献」という言葉は定着しているが、九0年代初期にはその名称すら一般性を獲得していたとはいえなかった。ちなみに、Corporate Philanthropyという言葉を「企業の社会貢献」と命名したのは当時の経団連であった。現在でも、会社によって社会貢献の担当部署の名称はまちまちである。「企業文化室、「社会環境室」、「社会公共室」等々、その企業の社会貢献に対する考え方やこれまでの会社のか歴史、文化的伝統などによって名称は異なる。 ごく一般化したとらえ方をすると、企業本体が行う社会貢献活動の推進組織は、収数型と分散型の謝二つに大別できる。収赦型は、社会貢献の四つの手法即ち、ドネ|シヨン、プロモーション、セコ出ンドメント、ボランティア活動支援を出来る限り一まとめにした組織を作るやり方である。三菱商事、デンソー、三菱地所、富士ゼロックスなどがこのような組織体制をとっている。一方、四つの手法のうち従来の三つの手法をそれぞれ担ってきた組織に引き続き担当させ、新たにボランティア活動支援(参加型の社会貢献活動)を行う部署を作って、四つの部署の連携を強めるやり方がもう一つの方法である。数の上からするとこの行き方を取っている企業のほうがはるかに多い。後者のやり方は、たとえば、日本経団連の社会貢献実績調査に対する回答を作成するという作業をいずれかの部署が引き受けたり、連携作業でこなしたり、また社会貢献のホームページや報告冊子を同じような手法で作成したりすることなどに見られる。つまりいずれかの担当部署がまとめ役的な責任を負う形である。また前述したように、ボランティア活動支援の担当部署が作られることによってほかの担当のプログラムに参加型の要素が加わるなどの波及効果が出ることもある。さらに、担当部署同士が定期的に連絡会を持ったりあるいは参加部門の枠を広げた社内委員会を設置することなどによって社会貢献活動はより一層推進される。したがって、分散型とはいっても、それは遠心的な動きを意味するのではなく、それぞれが機能的には独立性を保ちながら有機的に結び合って活動を展開しているわけである。
私の知る限り、収数型の組織であっても、そのスタッフの数は最大でせいぜい一O名前後である。
全般的に社会貢献の担当組織は軽量でソフトである。これはある意味では、市場メカニズムの中で効率を追求する営利企業が非営利の公益活動を行うときに企業はその活動にかけるコスト(お金だけでなく人件費も含めて)に対して慎重にならざるを得ないという必然的傾向を端的に示したものである。いみじくもG・ソロスは「グローバル・オープン・ソサエティ』(榊原英資監訳、ダイアモンド社)の中で次のように指摘している。「私の個人的な体験から言うと、社会をよくするための事業は金儲けより難しい。金儲けの場合には、成功を判定する単純なモノサシがある。決算書の最後の一行だ。会計帳簿のさまざまな項目は、全て利益というただ一つの目標のためにある。しかし、公共利益のための事業では、状況は全く違ってくる。そうした事業が社会に及ぼす影響はすこぶる多様な形で現れ、簡単には合計できないのである」。

このような性格の事業に対して営利企業が臆病になるのは避けられぬことである。企業はその事業が営利を目的としていない限り、思い切った投資を振り向けるわけにはいかない。それは収益源にはならないからだ。したがって人件費、つまり組織的コストは出来る限り抑制的にさせようとする強い力が働くわけである。
こうした逆方向に働く強い力に抗いながら、社会貢献担当者はそれぞれの部署であまり社内的支援を受けることなく孤軍奮闘しているのが一般的な実情といえよう。日本経団連などは、そのための情報提供や情報交流、理論武装などを行っているが決定的な決め手はないといったほつがいい。
会社のトップに社会貢献の意義を訴える方法としては、理念を説くやり方、社会的背景を説明するやり方、実績を示すやり方、競争会社の成功事例を引き合いに出すやり方などがある。最も平易で現実的なわかりやすい方法、もっと正確に号一守えば便宜的方法は社会貢献を行うことによって副次的に生じるPR効果を示すことであろう。もちろん、どのようなPR活動をしようとも、その活動がなしとげた実横という土台がなければ徒花を咲かせるだけで終わってしまうのだが、その活動が新聞や雑誌に紹介されれば、その量や質によって広告に準じたコストを計算することが出来る。動員したり参加した一般市民やボランティアの数を示したり、彼らの感想とともに専門家や有識者の評価をまとめて報告することによってその活動のインパクトを幾分か増幅して示すことも出来る。多くの社会貢献担当部署が広報部やPR部に置かれているのは、こうした実情を正直に反映したものである。トップに対して「会社の徳がこれだけ高まりました」などと訴えたところで、社長は苦笑するだけだろう。本質はそういうところにあるのだが、それは即物的な証拠を求めたがる現代社会、とりわけコスト対効果の追及が厳しい企業においてはわかりやすく当り障りのない説明とはいえない。便法として、「実績がこれだけの注目度を集めました」とさらりと説明したほつがわかりやすいのである。
企業の社会貢献担当部署の多くが広報部門に置かれているというのは、我が国における社会貢献がまだ進化の過渡的な段階にあることを示しているoPRとは知らせ方の巧拙、つまり情報管理と世論誘導の技術にもっぱら関わるものである。ところが社会貢献の根本は、社会に利益や資源を還元し社会を良くすることによって徳を積むこと、そのようなパトスが発露したものなのである。こうした主体的なパトスをみずみずしく持続させながら、それをマネジメントという経営手法の中に取り入れていくことが、将来のあるべき姿であろう。少なくともそのような将来のマネジメントを担うのは広報部門ではない。現在そうしたことを予兆させる動きやヒントは幾っか出現しつつある。
環境問題とそれに対する企業の対応が様々に図られていく中で、環境マネジメントと言われる概念と手法が形作られつつあり、それに伴って社会貢献活動の一部がその中に取り込まれる状況も生まれつつある。また、昨今注目を集めているCSRは、「贈収賄防止、企業倫理、地域社会への貢献、環境保護、職場の安全、人権、労働基準など」をマネジメント・システムとして構築・遂行することを目指しているので、そのようなシステムが企業の手法として実用化されれば、企業の社会貢献もそちらに収飲していく可能性もある。
現状、過渡期にある我が国の社会貢献活動の姿を示す典型として私は、トヨタ自動車を挙げることが出来ると思う。トヨタの社会貢献活動は、三つの部門によって分担されており、それぞれがおざなりでない活動を展開している。

 

〈トヨタ自動車の社会貢献活動〉
トヨタ自動車は誰もが認める我が国を代表する勝ち組み企業の筆頭であり、同社の社会貢献活動は私たち社会貢献担当者に勇気と自信を与えてくれる。本業はもちろん社会貢献においても自社流のやり方を貫いて立派な実績をあげているこのような企業が存在しているということは、私たちが誇りにしていいことであろう。
・社会貢献の理念
トヨタ自動車の母体である豊田自動織機製作所の創設者・豊田佐士口は一九二五年に蓄電池の発明を奨励するために帝国発明協会に一OO万円(当時)を寄付しており、その原点においてトヨタ自動車は社会貢献意識が強かったことが窺える。佐士口の長男でトヨタ自動車を創立した豊田喜一郎らが策定した企業理念「豊田綱領」の中にも社会貢献が掲げられているという。トヨタ自動車が社会との調和こそが企業存立の死命を制すると再認識したのは、モータリゼーシヨンが急速に進んだ一九六0年代であった。「トヨタ交通安全キャンペーン」、「トヨタコミュニティコンサートし、「トヨタ財団」の設立などの先駆的な社会貢献事業はこうした認識に基づいて実施されたものであった。八0年代国際化を推進する中で「企業市民」意識を高めた同社は、八九年社長を委員長とする「社会貢献活動委員会」を設置し、社会貢献意識に根ざした創造的な仕事と社員一人一人が市民として活動できる組織風土作りに着手した。こうした取り組みの成果の上にたって九五年に「社会貢献活動理念」を制定している。

・社会貢献の推進方針
トヨタ自動車は活動分野について、企業市民としての視点と自動車メーカーとしての視点のごつから柔軟かっ実際的に選んでおり、選定された分野は幅広い領域をカバーし、その数は八つに及ぶ。圏内は次の八分野である。
科学技術の振興自動車文化の振興交通安全啓発地球環境の保全芸術・文化支援
ボランティア活動支援
スポーツ・エンターテインメント地域社会活動
国外では、教育・環境分野が中心となっている。活動地域は、もちろん国内は全国各地にわたり、海外では、主として
東・東南アジア、ヨーロッパ、北米で展開している。その他の地域には、ブラジル、インド、オーストラリア、南アフリカ、ケニヤがある。

・推進体制
社長を委員長とする社会貢献委員会が関連役員を構成メンバーとして設置されている。八つの分野の担当部署は前頁の図の通り広報部、総務部、渉外部の三つで、それぞれに役割が割り振られている。三つの部署は定期的に会合を持って、情報の交換、連携、役割の調整等を行っている。圏内活動の総括は総務部が行っている。
(なお、地域交流は関連推進部署の一つである企業PR部が担当しているようだ。関連推進部署には、ほかに宣伝部、海外マーケティング部などがある)。

・トヨタ自動車の社会貢献の特徴
同社の社会貢献活動の特徴は、分野についても運営手法についても偏りがなく、多彩でしかも手堅いというところにある。たとえば、芸術文化支援の次のような様々なプログラムを見ればその多彩さはすぐにわかる。「トヨタ青少年オーケストラキャンプ」、「トヨタアiトマネジメント講座、「トヨタコレオクラフィ1アワード」、「トヨタコラボレ1シヨンリサイタルシリーズ」、「音楽之友社賞・副賞トヨタ音楽賞、「トヨタふれあいコンサート」、「トヨタロビコンサート」、「トヨタエイブルアー卜フォーラムヘ「トヨタコミュニティコンサート」、「トヨタアフター五コンチェルト」、「トヨタミュージックライブラリー」、「トヨタマスタープレイヤーズ、ウィーン」、「トヨタハーモニーコンサート」。こうしたプログラムは、コミュニティの人々、NPO、文化施設や行政とのパートナーシップに基づく自主プログラムであったり、また自主プログラムを補完する協賛事業であったり、その仕組みつくりが柔軟で手堅い。
社会貢献活動の運営は、内発的な貢献意識が源流をなしていたり、またNPOとの人的に築かれたネットワーク力に依存しがちであったりするところから、組織よりも個人の力量に負うものと見なされる傾向があるが、トヨタの場合、そのような話は聞かない。これだけのボリュームのプログラムの管理運営を可能にしているのは、組織的対応力それ自体であろう。社会貢献を取り入れて我が物にしてしまう会社力・組織力の強さが窺える。ちなみに、日本の企業でボランティアセンターを持っているのはトヨタ一社である。

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